ラケットを作るだけでなく、使う日までサポートして性能を引き出す

バドミントン女子シングルスで活躍する奥原希望選手(太陽ホールディングス)のラケット「ALTIUS 01 FEEL(アルティウス 01 フィール)」は、選手に使用感や要望を聞きながら作られた傑作です。どのように作られたのか、制作チームに話を聞きました。

要望を聞き出すだけでなく提案へ、年間200本の試作品から発想転換

――まず、3人の役割を教えて下さい。

橋口 : 大元の企画を担当するのが私です。どんな性能を持った商品を開発するのか、企画を立てて、設計をします。実際に作り上げた製品を選手に渡して調整を行うのが三宅。選手が使用するラケットを最終的に試合会場のコンディションに合わせて調整するのが市川です。

――製品開発にどうやって奥原選手の意見を採り入れたのですか。

三宅 : 2015年から要望を聞いて作り始めましたが、最初の2年くらいは、要望を取り入れてラケットを試作してもなかなか選手が満足するラケットにできず、要望を聞く→試作する→選手は満足しないというサイクルが続きました。今思えば、意見の採り入れ方が分からなかったのが原因でした。数多くのテスト品を作って、選手が選べるようにすることが、自分たちが示せる選手への誠意だと思っていました。また当時は、まだ日本にラケット工場がなく、海外の工場にオーダーし試作ラケットを製作していました。手元に届くまで、依頼から完成に1カ月くらいかかるので、あらゆる要望に答えられるよう、フィーリングやスペックがわずかに違うラケットを一度にたくさん製作の依頼をかけていました。それで、いつも10本くらいの試作ラケットを持っていき、奥原選手に試してもらっていたのですが、1度に何本もテストをすると、そのうち選手が普段とは異なる感覚になってしまい、選手が困惑するだけでした。

橋口 : 要望を聞いて反映することが正しいと思っていた我々のスタンスが、選手にとっては、答えのないものを探しにいくような感じで不安になっていたのではないかと思います。多い時は年間200本くらいの試作品を作り、テストしてもらっていました。でも、私たちの方でポイントを絞ってテスト製品を作り、改善のテーマや目指した効果を説明した上で選手に使用してもらうようになってから、選手の意見を的確に製品へ反映できるようになっていきました。こちらから提案するというスタイルに変える前から、奥原選手はすでに好成績を残していましたけど、まだ「もう少しシャトルが飛びやすいように」とか「このスイングで、このコースを狙えるように」といった要望があり、我々には多くの課題が残っていました。なので、私たちが作ったラケットで勝ってはいるけど、要望は尽きないという状態でした(笑)。

フレームとストリングの両支えで「つかむ」と「弾く」の二律背反を両立

――市川さんのサポートは、どのように始まったのですか。

橋口 : ラケットを作る私たちができるのは、飛行機に乗るまで。でも、会場に着いて、試合直前までサポートできるのが理想だという話になったのが発端です。

三宅 : 通常、現地でのラケットの調整は、メーカー単位で対応します。大会のスポンサーであれば会場で行えますが、そうでない場合は、現地のメーカー担当者が選手のサポート環境を手配しています。でも、私たちは、まだ奥原選手の要望を7割しか反映できていない状況でしたので、もっとほかにサポートできることはないかということで、市川が専属で付いていき、現地でサポートすることになりました。

――ストリング張りで気を付けているポイントは?

市川 : このラケットは、打球面の内側のフレームが柔らかくできていて、ストリングを張ったときにトランポリンのような効果を生み出して、球を大きく弾いてくれる構造になっています。もう一つの特徴は、先端部が細くなっていることです。この部分でストリングのテンションを強くしてしまうと、より幅を狭めることになり、球をコントロールしやすいスウィートスポットが縦長に狭くなってしまいます。そうすると、ラケット本来の性能を発揮できません。単純に、テンションを強く張れば、その分弾きやすくてスピード感のある球になりますが、ラケットにしっかりと乗せて遠くまで飛ばす感覚はなくなります。タッチ感や球のコントロール、ロブの高さを出すことなどが難しくなる側面があります。ラケットの形状を保ち、性能を100%引き出しつつ、選手の求める感覚を実現するために現地入りし最後まで調整しています。

三宅 : フレームでは、球をつかむような感覚で打ちたいという要望を表現できました。少し相反するように聞こえるかもしれませんが、一方で、ストリングの張り方で弾くような感覚も持たせることができ、短い球を速く、長い球を大きくとショット毎に良い感覚を得られるように仕上がるという形になっています。

選手の意見を聞いて分かった「数字に出ない違い」

――商品開発から約2年が経ち、製作チームから提案をするように変えたということですが、具体的には、どのような話をしたのですか。

橋口 : 最初は、重量やバランスといった重さの感覚です。次に、ラケットの硬さの調整です。カーボン素材でできているので、積層を変えたものを何パターンか用意して、試していただきました。難しかったのは、例えば振ったときにラケットがねじれるように設計していても、選手がそのねじれを感じられないといったケースがあったところです。こちらが意図した部分とは、別の部分の性質が関わってしまって、狙った性能と選手の感覚が一致していないこともありました。また、逆に、数字では重さの違いが出ないのに、ラケットのデザインを変えただけで、選手が重さに変化を感じるといったこともありました。1回、塗装の色だけを変えてみたら、目指している方向と真逆の製品ができてしまいました(笑)。最初は見た目の違いに選手が引っ張られてしまっているだけなのかなと考えていたのですが、実際は塗装の色によって変わる打球時の微妙な音の響きや反発力の違いが気になっていたのではないかと思います。

――塗装の色が違うだけで感覚が変わるというのも驚きですね。

橋口 : 奥原選手はもちろんですが、トップ選手の場合、動きの再現性がすごく高いので、ラケットにわずかでも違いが出ると、その分だけショットに違いが出ます。影響は、顕著に出ます。

――最終的に、奥原選手の納得感が増したのは、どの辺りだったのですか。

橋口 : それこそ、ねじれですね。バドミントンのラケットの面は、回内して振られるので、ねじれます。最終的に手首のスナップを効かせるタイミングで、ねじれた面が元に戻ってインパクトできると、シャトルに力を乗せやすくなります。ねじれ過ぎると、面の戻りが遅れてしまいます。奥原選手のラケットで比較すると、現在使用しているものは、2016年のリオで使ったラケットよりも、さらに軟らかくしなやかにねじれる構造になっています。これは、ラケット単体の設計をするというより、あくまでも選手が使ったときにどうなるのかという視点で作るようになって変化させられたところです。

三宅 : 一般の方が振り比べても分かるくらい、違います。振り始めた瞬間にすごくねじれます。ヒットする瞬間に面が戻って来て、バシッと捉えると力が伝わります。以前は、少しフレームが硬く、ねじれた面が元に戻った後にヒットして、力任せにシャトルを運ぶような形になっていたところがありました。

――ほかに、製品化で難しさを感じたのは、どんなところですか?

橋口 : 要望を反映させて選手のラケットを作る行程の話をして来ましたが、それは私たちにとっては仕事の一部です。最終的には、出来上がった製品をたくさん作って、多くの方に使っていただくようにしなければいけません。そこをつなぐところが、少し難しいところです。すごく細かいトップ選手の要望に対応したところを、一般のユーザーに伝わりやすくするにはどうしたらいいか、一般のユーザーにもこの機能は必要なのか、といったことを考えました。必ずしも全部細かいところまで一致するわけではないので、いかに共通点のエッセンスを抽出するか。共通するところは、例えばフレーム内側と外側の素材の硬さを変えてたわみやすくなり、トランポリンのような効果を生んでいる「ビヨンドカウンターシステム」の搭載や、振ったときのねじれやすさを設計値にしている「トルクテクノロジー」といった機能が、一般のユーザーにも使いやすいと言ってもらえています。逆に、それ以外の小さな変化点はユーザーにとって好みが分かれてしまう部分になりますので、一般に販売しているものと、選手が使用するものとでは少し違っている場合もあります。

――奥原選手は、19年5月のスディルマンカップから、最新の「アルティウス01FEEL」を使用していますが、今後は、どのようにサポートしていくのですか。

三宅 : 選手の要望に100%応えたラケットを作るのはなかなか難しいことですが、今後も微調整を繰り返し対応していきたいと思っています。

橋口 : 弊社のラケットで世界ランク1位になったときも嬉しかったですけど、奥原選手が目標とする大会で金メダルを取ったら、もう、ほかの仕事は手につかないでしょうね。それ以上の嬉しさを感じられることはないと思うので、もうラケット作りはできなくなってしまうかもしれません(笑)。

PRODUCT INTRODUCTION

ALTIUS 01 FEEL

シャトルを面でつかむような球持ちと「ねじれ」の反発で力を生み出す

最大の特徴は、フレームの外側が硬く、内側が柔らかいことによってトランポリンのような効果を生み出す、ビヨンドカウンターシステム。シャトルを面でつかむような球持ちを実現させ、コントロール性と反発性の両立を追求した製品です。スイングによって生まれる「ねじれ」の反発が、シャトルとのインパクトに伝わり、力を生み出します。用具にこだわりを持つ奥原選手ですが、ストリングも現日本代表で唯一、ミズノ製を使用しています。