SPECIAL INTERVIEW
阿部一二三選手 楽しいことがあれば、苦しいことを乗り越えられる

「強くなりたい」と
真っ直ぐな思いを育んだ

「強くなりたい」との真っ直ぐな思いを育んだ

6歳で柔道を始めた。のちに66キロ級の世界的第一人者となる阿部一二三らしいスタートラインと言っていいだろう。
「テレビで観ていて面白そうだな、と思ったのがきっかけです。道場へ行ってみると、身体の大きな人たちがたくさんいて、何だか怖いなあというのがありました」

柔道衣を着て、畳の上に立ってみる。柔道へのイメージが変わった。
「実際にやってみると、楽しかったですね」

柔道にのめり込んでいくきっかけは、少しばかり意外で、微笑ましいエピソードである。
「小学2年の時に、同級生の女の子に負けたんです。それが悔しくて、強くなりたいと本気で思うようになりました。高学年になると、成長期で身体も変化してきて、だんだんと強くなってきているな、という実感を得ることができるようになりました。でも、すぐに結果が残せたわけではないんです」

強くなりたい。優勝したい。結果が出なくても向上心が萎えることはなく、真っ直ぐな思いがすくすくと育まれていった。
「結果が出ない自分を奮い立たせていた、という感覚はないんです。本当に強くなりたいという思いだけでした。それはいまも変わらないですね」

「強くなりたい」との真っ直ぐな思いを育んだ

シンプルな思考は、やがて結果に結びついていく。中学2年時に全国中学校大会55キロ級で優勝を飾り、3年時は60キロ級を制した。「次世代を担う逸材」との期待を集めるようになった。

地元の神港学園高等学校へ進学すると、さらに実績を積み上げていく。2年時には講道館杯全日本体重別選手権大会で優勝。高校生の優勝は10年ぶり4人目で、2年生の優勝は史上初という快挙だった。

成長の階段を順調に駆け上がっていった阿部は、2021年の夏66キロ級代表を勝ち取る。国内外の大会で圧倒的と言っていい戦績を残してきた彼にとっても、自国開催の2021年夏の東京は忘れがたい大会となった。
3歳年下の妹である阿部詩とともに、金メダルを獲得したのである。

プレッシャーはすべて受け止める

プレッシャーは
すべて受け止める

「達成感や充実感よりも、安心感が大きかったですね。自分のなかではそんなにプレッシャーを感じていない感覚だったんですが、そうは言ってもやはりそれなりのプレッシャーはあったのでしょう。絶対に優勝しないといけないと思っていたし、周りの人たちもそうだったと思うので、安心感が一番に来たかなと」

日本発祥の武道である柔道は、そのルーツから国際大会での金メダル獲得を期待される。「それは宿命だと思います」と、阿部もうなずく。
「金メダルを獲って当たり前と言われることは、競技を続けている間は背負っていくものでしょう。東京までの道のりは苦しかったけれど楽しかったし、一日ごとに達成感がありました。でも、自分が出場した66キロ級が行われたその日だけは、使命感が強かった。絶対に勝たないといけない、という気持ちがありました」

2021年夏以降も、阿部の強さは際立っている。翌年の世界選手権で自身3度目の優勝を飾り、さらに2023年の世界選手権も制して4連覇を達成した。追いかけられる立場で、阿部は力強く走り続けている。
「自分は追われる立場ですし、負けてはいけない立場でもあると思いますが、それが大変とは思わないですね。ここまでの道のりで、誰もしたことがないような経験をさせてもらって、それはたぶん僕だけにしか分からない感覚なので。プレッシャーというものをすべて自分のなかで受け止めて、あまり外には出さないようにしているというか」

66キロ級の絶対王者である。常人では耐えられないプレッシャーを受けているはずだが、阿部は恐るべきメンタルタフネスでそのすべてをコントロール下に置くのだ。
「以前は何連勝しているとか、何年間負けなしとか言われることがありましたが、最近はそういうことを考えないようにしています。1試合1試合を大切にして、その1試合に賭けている、その1試合のために挑んでいるという感覚です」

柔道衣は「人生で一番大切なもの」

柔道衣は
「人生で一番大切なもの」

世界の最先端でしのぎを削りつつも、阿部は柔道を楽しむことを忘れない。畳の上は自らの存在を証明する場所だが、義務感や悲壮感といったものに縛られることはないのだ。
「いまは楽しいだけじゃやっていけないというのはあるんですが、そのなかでも練習をやっているときに、楽しいと思える部分を見つけようとしています。タイムを計るトレーニングだったら、前よりいいタイムが出たら嬉しいし、楽しい。自分の柔道はまだまだ全然完成形ではないですが、練習している技だったり動きだったりができれば、やはり楽しいと思います」

楽しむことを忘れないメンタリティで、日々の練習に課題を持って取り組む。ウォーミングアップから集中して、1本1本の打ち込みを無駄にしない。柔道を始めた当初からの心がけが、進化の原動力となっている。
「練習でやってきたことを試合で出せれば、楽しいな、やってて良かったなと思える。苦しいことはありますし、苦しいことのほうが多いかもしれませんが、そのなかでも楽しいことがひとつでもあれば、苦しいことを乗り越えられる。楽しみながらやっていく感情を、忘れたらダメだなあと」

柔道を始めたばかりの少年少女たちにも、「楽しんでほしい」とアドバイスを送る。
「柔道の一番の醍醐味は相手を投げること。日常とは違った感覚を得られると思うので、その部分で柔道を楽しいと思ってくれたら嬉しいですね。練習から楽しんで、試合では頑張って勝つぞ、という気持ちでやってくれたら」

そのうえで、自身の成長過程に照らしてこう語りかける。
「自分なりの夢とか目標を持ち続けることが大事だと思います。小さいものでもいいんです。それがあれば、苦しくてもツラくても絶対に頑張れるし、柔道に対して熱くなれるはずですから」

柔道衣は「人生で一番大切なもの」

阿部自身の目標も聞く。迷いのない答えが返ってきた。
「兄妹揃っての連覇がかかっています。自分たちのやるべきことをしっかりとやって、目標を叶えられるように頑張っていきます」

連覇を目ざす阿部にとって、唯一無二のパートナーと言っていいのが柔道衣だ。その位置づけを問われると、「自分のなかで一番大切なもの、人生のなかで一番大切なものです」と語る。
「一番大切なものですから、自分で洗濯しますし、自分で畳みます。そこはこだわりを持っています。自分以外の誰かには、できるだけ触ってほしくないのです」

柔道衣そのものにも、「こだわりは多い」と話す。
「ミズノさんには自分の身体にベストに合うように作ってもらっているので、着心地はいつでもいいですね。柔道衣でパフォーマンスが変わってくるので、小さな子どもたちも自分の身体に合うもの、動きやすいものを探してほしいです」

細部にまでこだわった柔道衣を着用し、阿部は情熱を燃やす。
66キロ級では内柴正人以来となる連覇だけでなく、史上初となる兄妹での連覇を目指す。

※このインタビューは2023年9月に行いました。
※選手個人の感想です。

阿部一二三

阿部 一二三

Hifumi Abe


パーク24株式会社

柔道家。1997年8月9日生まれ、兵庫県出身。6歳で柔道を始め、中学2年、3年の時に全国中学校柔道大会で優勝し、注目を集める。高校ではインターハイで優勝したほか、講道館杯において史上初となる2年生での優勝を成し遂げた。これ以降も、数々の大会で優勝を果たしている。