ふたりの情熱が相乗効果を生み、スーツにさらなる『速さ』を宿す

北京冬季大会での日本選手の活躍が期待されるスピードスケート競技。100分の1秒が勝敗を分ける競技だけに、レーシングスーツの性能も重要です。今回は、スピードスケート日本代表選手のレーシングスーツを企画・開発する辻中克弥と渡邊諭に話を聞きました。

「姿勢保持」はそのままに「空気抵抗を減らす」がテーマ

――2018年の平昌大会と2022年の北京大会向けを比べると、スピードスケートのレーシングスーツはどのように進化しているのですか。

辻󠄀中 : 2022年の北京大会で選手たちが着用するスーツは、平昌大会で着用したスーツの開発コンセプトである「体幹を締め付けることで滑走時の姿勢を最後まで安定・保持させる」を踏襲しています。その延長線上で「さらに空気抵抗を減らす」について開発に取り組んできました。

――どのように空気抵抗の低減をめざしたのでしょうか。

渡邊 : 実はスピードスケートのレーシングスーツは、表面が平らで滑らかな生地と凹凸のある生地を組み合わせており、これは平昌大会の時と変わりません。ただし、スーツに使用する生地の平滑度や凹凸の高さ、幅などにより空気抵抗は変化します。決して、平滑な生地でスーツをつくれば速く滑れるわけではない上、姿勢保持と動きやすさを両立した生地使いも必要となります。今回はさまざまな凹凸の幅や高さ、並べ方などを試して、より姿勢保持ができて動きやすく、空気抵抗も少ない生地の組み合わせを探しました。

「最速のスーツ」をめざして地道なプロセスを歩み続ける

――組み合わせを考えると、気が遠くなるような作業ですね。

辻󠄀中 : かなりの数の生地の情報を集めました。ただ、もちろん闇雲に全部試すわけではありません。さまざまな競技のウェアやスーツを製作してきた経験とこれまで積み重ねてきた知見があるので、ある程度の目星はつきます。成功と失敗、どちらも膨大な数の経験をしていますからね(笑)

渡邊 : レーシングスーツの生地は、風洞実験(空気抵抗を計測する実験)などで生地そのものの性能が高いことに加え、選手から着用感のOKももらえないと採用には至りません。実際に最適な生地を見つけるプロセスは地道な作業なんですよ。まず私が持ち込んだ候補となる生地を辻中と二人で選定し、その生地を使ってサンプルを作ります。北京大会向けの性能テストは、独立行政法人日本スポーツ振興センターハイパフォーマンススポーツセンターさんと協力して実施しました。その結果が良ければ、実際に選手に着用してもらってOKかどうかのフィードバックをもらいます。一着のスーツには数十のパーツがある上、周辺パーツへの影響も考慮する必要があるので、テストの進捗は常に一進一退です。これを4年間ひたすら繰り返してきて今に至ります。それでもまだ「もうこれ以上のものは作れない!」とは言いきれないという…(笑)

辻󠄀中 : スピードスケートのレーシングスーツは、着るのがとても大変なほど締め付けられているのですが、選手からもそのぐらい強力な締め付け感を求められます。ただし、レース中に動かす部分は動きやすさを求められます。締め付けと動きやすさの相反する要素をどうバランスを取るかを考えながら、どの生地をどの部分にどう使うかを考えています。

――北京本番前のギリギリまで試行錯誤するんですね。

渡邊 : 本当は時間的余裕があるうちに生産したいです。でも、まだ良くなる可能性があるとわかっているなら、ギリギリまで可能性を実現することで、考えうる最高のスーツに近づけて提供したいと思っています。

辻󠄀中 : 私は工場部門も担当しているので、十分に余裕を持ったスケジュールで生産したいです。ただ、予定のスケジュールは過ぎているものの、まだ間に合う段階かどうかも把握しています。「もっと良くなる可能性を実現し、最高のスーツを選手に提供したい」という渡邊の想いは理解できますし、渡邊がそう考える以上、絶対に無理した分だけ良いスーツができるという信頼感もあります。それは工場のメンバーも同じ想いのはずです。

渡邊 : 私も辻中も、生産が遅れると自分たちの業務もより大変になります。そこは工場のメンバーと一心同体なんですよ。ただ、選手が速く滑れる可能性は高まるので、しんどいけど一緒に頑張りましょう、という気持ちを共有できていると信じています。

想いや情熱の共有が最速のスーツを創造する

――日頃の信頼関係向上や円滑なコミュニケーションを行うために意識していることはありますか。

渡邊 : 変な遠慮をせず、常に本音で語ることでしょうか。辻中は年上ですが、もう10年近い長い付き合いなのでお互いのことはよく知っています。だからストレートに本音で聞けますし、あえてそうするようにしています。また、「より良いレーシングスーツを作りたい」という気持ちを我々二人だけじゃなく、工場のメンバー全員が共有できるよう意識しています。日頃のコミュニケーションを通じて、みんなで良い製品を作るだけじゃなく、ものづくりに対する情熱や選手を応援する気持ちなども共有できるよう、機会を作ったりしています。

辻󠄀中 : 私は立場上、工場のメンバーを無理させてはいけない役割もあります。生産は決して簡単ではありませんし、計画的に行わないとムダが出ます。ただ、開発してきた経験から、「少しでも勝利に貢献するスーツを提供したい」という渡邊の気持ちも十分理解できます。だからこそ、お互いの想いや現場の状況を鑑みて、「調整しながらバランスを取る」ように意識しています。

――スピードスケートのレーシングスーツづくりにおいて、将来の目標はありますか。

辻󠄀中 : 正直、北京大会向けのレーシングスーツを少しでも良いものにすることで頭がいっぱいです。その先のことは、終わってから考えるようにします。

渡邊 : いつも世の中にないものを作りたいという想いを持っているのですが、その想いを実現するためにも、北京のレース本番が始まるまでは北京のレーシングスーツに全力を注ぎます。