ええもんつくる”ヒト”
vol 2. 「ええもん」に込めるバット職人の矜持

「ええもん」で、今日よりも、ちょっといい明日を。
100年以上にわたって受け継がれてきた「ええもんつくんなはれや」というミズノのDNA。“ええもん"をつくるヒトたちの仕事に対する向き合い方やこだわり、モノづくりに対する思いとともにお届けします。

1985年にミズノ テクニクス株式会社に入社し、1993年にバット製造の部門へ異動したことから始まった名和のバット職人としての道のり。

イチロー氏や松井秀喜氏の担当を先輩から引き継ぎ、現在もトップ選手のバット作りを担当する名和。その工房には、師から受け継ぐバット職人の矜持が込められた「ええもん」が並んでいました。

彼が思う「ええもん」とは?

バット製造に携わることになり最初に抱いたのは、偉大な前任者の仕事を「きちんと継承できるのだろうか?」という不安でした。

選手への対応、刃物や材料に向かう姿勢、バット職人としての心構え──それらをすべて受け継ぐために日々学びを重ねていく中で、特に印象的だった師の言葉があると言います。

「人間のエゴで木を切ってくるのだから、木に失礼のない仕事をしなさい」

材料となるホワイトアッシュやアオダモが、バット作りに適した大きさに育つまでにかかる年数は40~80年。それほどの長い年月をかけて育った木を切りバットの材料として使わせてもらう以上は、一本たりとも無駄にしないように。何度も繰り返されたその言葉は、名和がバットを作るうえで一番大事にしていることでもあります。

貴重な木を使って作るバットは、お客様に喜んでいただけるものでありたい──。

「ミズノの技術を注ぎ込んだ商品をお客様に笑顔で使っていただくことができたら、それは『ええもん』だと思います」

トップ選手のバット作りを担当する上で心がけているのが「我を出さないこと」。

選手の希望を忠実に形にし、その中に自分の意見を入れることは一切しない。アドバイスを求められた際は考え得る方法をすべて提示し、その中からどれを選ぶかは選手に委ねる。「あくまで主体は選手であって、自分は対話の中で希望を形にしていく役割にすぎない」と言う名和。

そこで重要になるのが“情報の引き出し”であり、その引き出しが豊富にあることが自分の強みだと考えているそう。

「仕事の取り組み方や考え方、知識や経験など、先輩から多くのことを引き継ぎ、自分の中の“引き出し”にためておく。選手がベストのモノを選べるように、希望に合わせてその引き出しを都度開けていくのが私の役割です」

バット職人として長いキャリアを重ねる中、その“引き出し”を増やし続けることに注力してきた名和が今後、実現したいこととは?

「私も定年が近い年齢になりました。後進を育てるのはもちろんですが、バット製造という業務を担当させていただく最後まで『ええもんつくんなはれや』という言葉を全うしたいと思います」

世代を超えて一緒に楽しめるのが野球の魅力だと考える名和は、「お客様に『ええもんつくってくれたな』と思っていただけるようなモノづくりをしていきたい」と日々の仕事に向き合っています。

彼が思う、バット職人として「ええもん」を作り続けるために必要な資質・素質は「いつまでも持ち続ける“探究心”」だそう。

「今の自分がやっていることが100%だとは思っていません。新しい技術や方法を試してみるなど、探究する心は常に持ち続けています」