ええもんつくる“ヒト”
Vol.20 日々の積み重ねが世界の舞台へとつながる

「ええもん」で、今日よりも、ちょっといい明日を。
100年以上にわたって受け継がれてきた「ええもんつくんなはれや」というミズノのDNA。“ええもん"をつくるヒトたちの仕事に対する向き合い方やこだわり、モノづくりに対する思いとともにお届けします。

小学1年生からバドミントンを始めた市川。「自分のラケットは自分で張る」という指導のもと、プレーだけでなくラケットの加工にも興味を持ち始め、小学3年生の頃から自分でストリングを張るようになりました。

「こんなに小さい自分でもできることがあると思うとうれしかったし、ストリングを張るのも楽しかった。誇らしい気持ちにもなりましたね。ただ、それがまさか自分の職業になるとはこれっぽっちも思っていませんでした」
そう言って笑う市川でしたが、ストリンガーへの道はこの幼少期の原体験からすでに始まっていたのです。

小売業でラケットスポーツを専門に扱う仕事を長年続けたのち、30代後半に転職を決意。「世界的な大会でバドミントン選手のストリンギングを行いたい」という夢を胸に、海外で開催されたストリングのセミナーに参加し、その縁からヨーロッパストリンガーズ協会認定のプロ資格を取得してミズノに入社しました。

現在はバドミントン奥原希望選手の専属ストリンガーとして日ーのラケット管理とストリンギングを担当するほか、大会会場でのミズノ契約選手のフォロー、量販店での販売支援やストリンギングイベントの開催など、多岐にわたる業務を行っています。

奥原選手とのやり取りで市川が心がけているのは「フラットな距離感」だといいます。試合の結果などには触れず、プロのバドミントン選手とメーカーの担当者という関係を保ちながらも、その根底には奥原選手への強い敬意がうかがえます。

「本当にバドミントンが好きなのでしょうね。バドミントンプレーヤーとして、アスリートとして、生活の全てがバドミントンにつながっているんです。やっぱりプロの選手ってすごいなあと思いますし、尊敬しています」

ストリンギングの際は、奥原選手のプレースタイルを最優先に考えているそう。

「奥原選手とは契約当初に細かくヒアリングさせていただき、張り方の好みなどをうかがいました。そこである程度の方針が決まったので、今は"常に同じ状態のラケットを準備しておく"ことを心がけています。ショットの精度を大事にしている選手なので、パーンとはじくような張り方というよりも、コントロールしやすい張り方を意識しています」

そんな奥原選手を支える市川が重視するのは、フレーム、ストリング、テンションのそれぞれに対するこだわりです。

「フレームを変形させないこと。ねじれや傷なくストリングを張ること。1本1本に狙ったテンションをかけること」。この3点が市川さんの考える「ええもん」、すなわち「安心してプレーできるストリンギング」を実現するための条件だといいます。

「ストリンギングによってフレームの形が1ミリでも変わってしまうと、このラケットを『ええもん』として作った開発コンセプトが崩れることになります。同様に、ストリングがねじれたり、テンションが正しくかかっていなければ、想定していたラケットの性能を100%発揮できません。そういった意味でも、ストリンガーは開発に携わる担当者の『ええもん』をつなぎ合わせ、最後に紡いで一つの形にする、リレーのアンカーのような役割だと思っています」

「ええもん」を届ける上で、市川がもう一つ欠かせないと感じているのが「コツコツとした積み重ね」だそう。

「どんな状況でも、ストリンガーは必ず選手のもとへラケットを届けに行かなければなりません。自分を言い訳にせず、1本1本、黙々とラケットを仕上げていく地味な作業ではありますが、そうやって周囲と協力しながらコツコツと信頼を積み重ね、着実に成果へとつなげていくことが私の強みだと思っています」

幼い頃からラケットにパーンとシャトルが当たる気持ちよさが楽しくてバドミントンの練習に通い続け、その感覚を追い求めるように専門の道へと進んできた市川。その積み重ねが今、世界の舞台で活躍する選手を支えることへとつながっています。

近い将来の目標は、これまで積み重ねてきた技術と知識を後進に伝えていくこと。

「優秀なストリンガーを育てて、若い世代がラケットスポーツ業界を長く支えていけるような環境づくりに情熱を注いでいきたいです」

自らの「ええもん」をリレーのアンカーとして次の走者へとつなぐように、市川の挑戦はつづきます。

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