ええもんつくる”ヒト”
vol 7.最大火力の“熱量”で「ええもん」を伝える
「ええもん」で、今日よりも、ちょっといい明日を。 100年以上にわたって受け継がれてきた「ええもんつくんなはれや」というミズノのDNA。“ええもん"をつくるヒトたちの仕事に対する向き合い方やこだわり、モノづくりに対する思いとともにお届けします。
1.最大火力の“熱量”で「ええもん」を伝える
3歳からサッカーを始め、サッカー漬けの学生時代を送った井村は「サッカーに関わる仕事がしたい。なかでも、サッカーシューズを作っているメーカーに行きたい」と就職先を探したそう。
「というのも、サッカー選手にとっての一番の武器はサッカースパイクだと思っていたからです。学生時代にサッカーショップでアルバイトをしていた際にサッカースパイクへの興味やこだわりが強くなったことも理由のひとつでした」
サッカーにかけていた情熱はそのまま仕事への熱量へと変換され、最大火力でフットボールのマーケティングに取り組んでいる井村。そのフィロソフィーとは──。
2.井村にとっての「ええもん」
現在井村が注力しているのは、サッカースパイクの国内シェアを維持しつつ、商品を正しい価値で安定的にユーザーに届け、事業的にも成長し続けること。
そのためにも、ミズノの製品が持つ“本質のものの良さ”をユーザーはもちろんのこと、ユーザーに一番近い距離で接客に従事している全国の販売店に広く深く“熱量”を込めて伝え続けることが大切だと言います。
そんな彼が目指す「ええもん」とは、「身に着けた人のモチベーションまであげてしまうもの」。
「競技シーンにおいては、シューズやウエアを身に着けた瞬間が大事。商品の質だけではなく、『今日はいけそう!』とやる気や自信まで湧いてくるものが『ええもん』だと思います」
3.「ええもん」を作る上での強み
自身の強みは「人より熱量がある」ことだと考える井村。情熱をもって仕事することは大前提で、苦しいことから逃げないで自分を追い込むスタイルはサッカーをやっていた頃に培われたそう。
たしかに、彼が語る言葉にはヒリヒリとする熱さが込められていて、ストイックな印象すら覚えます。しかしそれは、井村が実体験から得た生きざまでもありました。
「『最後まで手を抜くな。あと一歩のところで勝敗は分かれる』とサッカーをやっていたときに監督から言われていて。半信半疑でしたが、高校サッカー全国大会の準決勝という大舞台にロスタイムを含む残り4分で2点をとって同点まで追いついたんです。その奇跡のような成功体験がいまの自分の礎となっています」
4.ミズノで作られている「ええもん」
商品がどんな思いで作られたのか、どのように開発されてきたのか、どういったところに良さがあるのか──地道に伝え続けてきた結果が現在の高い国内シェア率につながっていると確信する井村。そこにはミズノの商品への絶対的な信頼がうかがえます。
「ミズノのスパイクやウエアは身に着けた瞬間に『軽い』とか『動きやすい』と言っていただけるんです。そうやって人のモチベーションまで左右する商品を生み出す、それがミズノのモノづくりだと僕は思います。万が一、個人的に満足いかない商品が開発側から出てきたらはっきり言わせてもらいますし、現場も真摯に受け止めてくれてすぐに商品のアップデートに着手してくれる。情熱を持って仕事に向かっている人しかフットボールのチームにはいないので、信頼しています。」
ミズノが作り上げてきた「ええもん」のひとつとして井村が挙げたのは、2025年に40周年を迎えたシューズ「モレリア」。その魅力について、彼はこう表現します。
「軽量・柔軟・素足感覚という1985年から変わらない良さを持ち続けながら、時代に合わせてアップデートを繰り返し、根強いファンを増やし続けている『モレリア』はまさに伝統と革新のシューズ。責任感を持ってこのプロダクトのマーケティング活動にあたっています」
5.いつか成し遂げたいこと
そもそも井村がミズノを選んだのは、留学時に感じた日本ブランドへの思いからでした。
「日本のモノづくりの良さは伝わっていましたが、身に着けている人の少なさや売っていることを知らない人もいる状況を目の当たりにして、『日本のブランドを世界のスタンダードにしたい』と思いました。数あるメーカーのなかでも、当時のミズノはサッカーの事業を強化し始めていたのが入社の決め手です」
そんな彼がミズノで成し遂げたいことは──?
「日本代表をサポートしたいです。自分のミズノ人生はまだまだ長いと思うので、その間に日本のブランドとして日本代表をサポートして、世界で一緒に戦うことができたら、これ以上嬉しいことはないですね」