サイトウスポーツ

歴史に名を残す新潟の名門店。スタッフ全員「みんなが社長」の意識で店舗運営
全国屈指のバドミントン競技登録者数を誇る新潟で、60年以上にわたり営業を続けてきた名門店「サイトウスポーツ」。その始まりは、トップレベルの卓球選手として活躍していた先代の齋藤幸雄会長が1960年に卓球専門店としてスタートしました。創業間もなくバドミントンを含めたラケットスポーツ全体へと事業を拡大し、今や地域のスポーツに深く貢献しながら、バドミントンの普及を支える存在に。同店のスタッフとして現場を統括している青木主任と、日々忙しく飛び回られている齋藤武社長にお話を伺ってきました。
卓球専門店だった創業間もないころ、バドミントンの用具を取り扱うようになった経緯を教えてもらえますか?
齋藤社長:創業3年目のとき、先代の会長が、当時インターハイ常連校だった高校のバドミントン部とのつながりからシャトルの原毛を卸している会社と出会いました。その流れでシャトルメーカーと知り合い、新しいシャトルの仕入・販売を始めたのがきっかけです。
バドミントンの用具を扱うようになってから、県内のジュニアクラブのオーナーさんにも懇意にしていただけるようになりました。以降、地元新潟のバドミントン業界を盛り上げるためにメーカーと販売店、そして競技を支える団体と一体となり、競技普及に努めてきたとのことです。
どのような経緯で家業を継ぐことになったのでしょう?
齋藤社長:私は実家を離れて上京し、小売・流通業の大手企業に就職したんです。24~25歳の頃には家電コーナーの売り場を任される責任者になり、活気ある売場でやりがいをもって働いていましたが、その頃に先代会長から「戻ってこないか」と連絡を受け、家業を手伝うことに決めました。
久しぶりに新潟に戻り、「サイトウスポーツってすごい店だな」と改めて感じました。外商部隊の営業力が文句の付け所がないほどだったからです。その中で私にできることは何かを考え、店の陳列や見せ方など、前職での学びを活かして店舗運営の改善に着手しました。

青木主任がサイトウスポーツに入社されたきっかけを教えていただけますか?
接客の中で大切にしていることはありますか?
青木主任:私が小さかった頃とは異なり、今はプレーするジュニア世代のお子さんと親御さんが一緒に来店されるケースが増えています。親御さんの主導で用具を決めることが多いのですが、自分の意見をうまく表現できないお子さんの声にも丁寧に耳を傾け、思いを汲み取ってあげられるよう意識しています。
お子さんに限らず、用具選びに正解はありません。用具が自分に合うか合わないかは、実際試してみないと分かりません。筋肉の付き方や身体の成長段階によって、選択する用具が変わってくるので、きちんとアドバイスしながら用具選びに付き添うようにしています。
メーカーとお店、お店とお客様、その理想的な関係性は?
最後に、お客様にひと言お願いします。
サイトウスポーツ
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