PROFILE
1995年3月13日長野県大町市に生まれる。
小・中・高校と全日本ジュニア選手権2連覇、インターハイ優勝など、輝かしい経歴を飾る。2011年全日本総合選手権においては、大会史上最年少(当時高校2年)となる16歳8か月で、女王の栄冠を手にする。その後、2012年世界ジュニア選手権女子シングルスにて、日本人初となる金メダルを獲得。さらなる成長を求め、2015年にミズノと契約する。2015年、契約直後に左膝の故障で休養を余儀なくされたが、同年の全日本総合選手権女子シングルスでは4年ぶり2度目の優勝。さらには、同年スーパーシリーズファイナルズで日本人初、女子シングルス優勝という快挙を成し遂げる。
日本のバドミントンプレーヤーとして、新しい世界を切り開いてきた奥原。2016年リオデジャネイロオリンピックでは日本バドミントン史上初シングルスでのオリンピックメダリストとなる。その勢いのままに、2017年世界バドミントン選手権でも日本人で初めて、女子シングルスを制覇するなど快進撃が続く。
2019年にプロとして活動を開始。奥原はさらなる進化を果たす。同年10月、世界バドミントン連盟によるワールドツアーランキングで、自身初となるワールドツアーランキング1位になると、同年の全日本総合では3度目の栄冠に輝く。
「努力をすること。プレーできることに感謝し、相手に礼儀を尽くすこと」。その思いを胸にコートに立つ。
156cmと大きくはない小柄な体格だが、その小さな体から生み出される強靭かつ柔軟なフットワーク、繊細なラケット操作に加え、シャトルがコートに付くまで決してあきらめない集中力を武器に挑み続ける。
小・中・高校と全日本ジュニア選手権2連覇、インターハイ優勝など、輝かしい経歴を飾る。2011年全日本総合選手権においては、大会史上最年少(当時高校2年)となる16歳8か月で、女王の栄冠を手にする。その後、2012年世界ジュニア選手権女子シングルスにて、日本人初となる金メダルを獲得。さらなる成長を求め、2015年にミズノと契約する。2015年、契約直後に左膝の故障で休養を余儀なくされたが、同年の全日本総合選手権女子シングルスでは4年ぶり2度目の優勝。さらには、同年スーパーシリーズファイナルズで日本人初、女子シングルス優勝という快挙を成し遂げる。
日本のバドミントンプレーヤーとして、新しい世界を切り開いてきた奥原。2016年リオデジャネイロオリンピックでは日本バドミントン史上初シングルスでのオリンピックメダリストとなる。その勢いのままに、2017年世界バドミントン選手権でも日本人で初めて、女子シングルスを制覇するなど快進撃が続く。
2019年にプロとして活動を開始。奥原はさらなる進化を果たす。同年10月、世界バドミントン連盟によるワールドツアーランキングで、自身初となるワールドツアーランキング1位になると、同年の全日本総合では3度目の栄冠に輝く。
「努力をすること。プレーできることに感謝し、相手に礼儀を尽くすこと」。その思いを胸にコートに立つ。
156cmと大きくはない小柄な体格だが、その小さな体から生み出される強靭かつ柔軟なフットワーク、繊細なラケット操作に加え、シャトルがコートに付くまで決してあきらめない集中力を武器に挑み続ける。
CAREER
- 2011年
- 12月 全日本総合選手権大会 優勝(史上最年少16歳8か月)
- 2012年
- 8月インターハイ(福井県) 優勝
10月世界ジュニア選手権大会 優勝(日本人初)
- 2015年
- 1月マレーシアマスターズ 優勝
6月USオープン 優勝
9月ヨネックスオープンジャパン 優勝
12月全日本総合選手権大会 優勝(2度目)
12月スーパーシリーズファイナル 優勝(日本女子シングルス初)
- 2016年
- 3月第106回全英オープン 優勝(日本勢39年ぶり)
8月リオデジャネイロオリンピック 銅メダル
- 2017年
- 6月オーストラリアオープン 女子シングルス 優勝
8月第23回世界選手権 女子シングルス 優勝(日本人初)
- 2018年
- 5月第27回ユーバー杯 団体 優勝(37年ぶり)
7月タイオープン 女子シングルス 優勝
8月第18回アジア大会 団体 優勝(48年ぶり)
9月韓国オープン 女子シングルス 優勝
- 2019年
- 11月全日本総合選手権大会 優勝(3度目)
- 2020年
- 10月デンマークオープン 優勝
12月全日本総合選手権大会 優勝(4度目)
- 2021年
- 3月第111回全英オープン 優勝
12月全日本総合選手権大会 優勝 (5度目)
- 2023年
- オディシャマスターズ 優勝
シドモディインドインターナショナル 優勝
インドオープン 優勝
インドマスターズ 優勝
全日本総合選手権大会 準優勝
- 2024年
- カナダオープン 3位
トマスユーバー杯 3位
スイスオープン 3位
アジア団体選手権
インドネシアマスターズ 準優勝
PROFILE
1992年2月8日徳島県板野郡に生まれる。
5歳からバドミントンを始めると、全小、全中、インターハイ全てを制覇。その活躍は日本のバドミントン界の新星として注目の的となる。高校は、多くの誘いの中から、バドミントンの強豪である聖ウルスラ学院英智高等学校を選択。この選択が、のちの栄光へと続く選択となった。
高校に入り2年生の時には、インターハイで3冠を成し遂げる。それまでシングルス中心であったが、この時からダブルスを組む。その時の相手が、同じ高校の一学年上の先輩だった髙橋礼華選手。
2010年からは、日本ユニシスに所属し、日本代表に選出。髙橋礼華選手とともに、国際大会でも好成績を残す。2014年には、全英オープンで3位、同年に行われたアジア競技大会では44年ぶりに決勝に進むなど、BWF世界ランキングで1位となり、世界のトップへとのぼりつめた。
その後女子ダブルス世界ランク1位の連続世界記録も樹立する。
2016年には、全英オープンで日本勢38年ぶりの優勝。その勢いのままリオデジャネイロオリンピック 女子ダブルスで日本のバドミントン史上初の金メダルを獲得。
それ以外にも、日本バドミントン界史上初の年間MVPを獲得するなど、年間のほとんどの国際大会で優勝を果たしている。
現在も日本代表として主戦場を混合ダブルスに移し、世界に挑戦し続け、2024年のパリオリンピック出場を目指している、誰もが認める世界最高峰のバドミントンプレーヤーである。
5歳からバドミントンを始めると、全小、全中、インターハイ全てを制覇。その活躍は日本のバドミントン界の新星として注目の的となる。高校は、多くの誘いの中から、バドミントンの強豪である聖ウルスラ学院英智高等学校を選択。この選択が、のちの栄光へと続く選択となった。
高校に入り2年生の時には、インターハイで3冠を成し遂げる。それまでシングルス中心であったが、この時からダブルスを組む。その時の相手が、同じ高校の一学年上の先輩だった髙橋礼華選手。
2010年からは、日本ユニシスに所属し、日本代表に選出。髙橋礼華選手とともに、国際大会でも好成績を残す。2014年には、全英オープンで3位、同年に行われたアジア競技大会では44年ぶりに決勝に進むなど、BWF世界ランキングで1位となり、世界のトップへとのぼりつめた。
その後女子ダブルス世界ランク1位の連続世界記録も樹立する。
2016年には、全英オープンで日本勢38年ぶりの優勝。その勢いのままリオデジャネイロオリンピック 女子ダブルスで日本のバドミントン史上初の金メダルを獲得。
それ以外にも、日本バドミントン界史上初の年間MVPを獲得するなど、年間のほとんどの国際大会で優勝を果たしている。
現在も日本代表として主戦場を混合ダブルスに移し、世界に挑戦し続け、2024年のパリオリンピック出場を目指している、誰もが認める世界最高峰のバドミントンプレーヤーである。
CAREER
- 2016年
- 全英オープン ダブルス 優勝
リオデジャネイロオリンピック ダブルス 優勝
- 2017年
- アジア選手権 ダブルス 優勝(2連覇)
オーストラリアオープン ダブルス 優勝
ダイハツ・ヨネックスジャパンオープン ダブルス 優勝
- 2018年
- インドネシアマスターズ ダブルス 優勝
マレーシアオープン ダブルス 優勝
中国オープン ダブルス 優勝
韓国オープン ダブルス 優勝
ワールドツアーファイナルズ ダブルス 優勝
- 2019年
- インドネシアマスターズ ダブルス 優勝(2連覇)
- 2021年
- 全英オープン 混合ダブルス 準優勝
- 2022年
- 全日本総合選手権大会 混合ダブルス 優勝
- 2023年
- シドモディインドインターナショナル 混合ダブルス 準優勝
インドネシアマスターズ 混合ダブルス 第3位
全日本総合選手権大会 混合ダブルス 準優勝
PROFILE
1998年12月6日北海道芽室町に生まれる。
3兄弟の末っ子として生まれ、兄たちの影響で8歳からバドミントンを始める。
幼少期は兄たちの背中を追いかけていたが、全国制覇を目指すべく、バドミントンの名門校である埼玉栄高校へ進学。地元北海道から離れることを選んだ。
高校時代は、同世代のトップクラスの選手たちと共に切磋琢磨。2016年高校選抜優勝、インターハイ準優勝とダブルスの選手として頭角を現す。
力強い攻撃とカウンターレシーブが持ち味で、攻守にわたって安定したプレーヤーへと成長。
BIPROGY入社後は、早川賢一監督の指導の元、国内から国外まで数々の大会で活躍。
2024年には日本代表に選出され、今後の更なる活躍が期待される。次世代の日本男子ダブルス界を背負う選手の一人である。
3兄弟の末っ子として生まれ、兄たちの影響で8歳からバドミントンを始める。
幼少期は兄たちの背中を追いかけていたが、全国制覇を目指すべく、バドミントンの名門校である埼玉栄高校へ進学。地元北海道から離れることを選んだ。
高校時代は、同世代のトップクラスの選手たちと共に切磋琢磨。2016年高校選抜優勝、インターハイ準優勝とダブルスの選手として頭角を現す。
力強い攻撃とカウンターレシーブが持ち味で、攻守にわたって安定したプレーヤーへと成長。
BIPROGY入社後は、早川賢一監督の指導の元、国内から国外まで数々の大会で活躍。
2024年には日本代表に選出され、今後の更なる活躍が期待される。次世代の日本男子ダブルス界を背負う選手の一人である。
CAREER
- 2016年
- インターハイ ダブルス 準優勝
全国高校選抜大会 ダブルス 優勝
- 2018年
- 全日本総合選手権大会 ダブルス 第3位
- 2019年
- 全日本総合選手権大会 ダブルス 第3位
- 2022年
- インドネシアマスターズ ダブルス 第3位
インドネシアインターナショナルチャレンジ ダブルス 準優勝
- 2023年
- 全日本総合選手権大会 ダブルス 第3位
インドネシアマスターズⅡ ダブルス 優勝
インドネシアインターナショナルチャレンジ ダブルス 優勝
PROFILE
2002年1月5日宮城県大崎市に生まれる。
父の影響でバドミントンを始め、地元宮城県の強豪である聖ウルスラ学院英智高等学校へ進学。
男子バドミントン部創設13年目にしてインターハイ団体初優勝を遂げ、左の剛腕から繰り出される重量スマッシュでチームの勝利に貢献した。
日本大学へ進学し、4年生最後の全日本学生選手(インカレ)の男子複決勝では、未来のペアとなる西大輝との決勝を繰り広げ、見事インカレタイトルを奪取。
そしてBIPROGYへ入社。あとを追うようにインカレで熱い戦いを繰り広げた西大輝と更なる高みを目指して2024年ペアを結成。
ペア結成まもなく、男子ダブルスとして日本代表へ選出。
日本の頂点を競った二人が作る新たなダブルス、左の剛腕が世界で羽ばたく日は近い。
父の影響でバドミントンを始め、地元宮城県の強豪である聖ウルスラ学院英智高等学校へ進学。
男子バドミントン部創設13年目にしてインターハイ団体初優勝を遂げ、左の剛腕から繰り出される重量スマッシュでチームの勝利に貢献した。
日本大学へ進学し、4年生最後の全日本学生選手(インカレ)の男子複決勝では、未来のペアとなる西大輝との決勝を繰り広げ、見事インカレタイトルを奪取。
そしてBIPROGYへ入社。あとを追うようにインカレで熱い戦いを繰り広げた西大輝と更なる高みを目指して2024年ペアを結成。
ペア結成まもなく、男子ダブルスとして日本代表へ選出。
日本の頂点を競った二人が作る新たなダブルス、左の剛腕が世界で羽ばたく日は近い。
CAREER
- 2023年
- 全日本インカレ ダブルス 優勝
インドネシアマスターズ ダブルス 準優勝
- 2024年
- 全日本総合選手権大会 ダブルス 第3位
カザフスタンインターナショナルチャレンジ ダブルス 準優勝
オディシャマスターズ2024 ダブルス 準優勝
PROFILE
2003年3月21日京都府京都市に生まれる。
バドミントンは遊び感覚で始めた。
ジュニア時代は目立った選手ではなかったものの、龍谷大学に進学するとめきめきと頭角を現し、全日本学生選手権(インカレ)の男子複で準優勝。
大学時代には混合ダブルスで日本代表に選出される。
2024年BIPROGYに入社し、インカレ決勝の相手だった熊谷翔とペアを結成、混合と男子ダブルスの二刀流で日本の代表に。
小柄ながら、素早いポジショニングと天性のラケットワークでラリーを加速させ相手を翻弄する。
スピードを操るファンタジスタが新たなダブルスを見せてくれるだろう。
バドミントンは遊び感覚で始めた。
ジュニア時代は目立った選手ではなかったものの、龍谷大学に進学するとめきめきと頭角を現し、全日本学生選手権(インカレ)の男子複で準優勝。
大学時代には混合ダブルスで日本代表に選出される。
2024年BIPROGYに入社し、インカレ決勝の相手だった熊谷翔とペアを結成、混合と男子ダブルスの二刀流で日本の代表に。
小柄ながら、素早いポジショニングと天性のラケットワークでラリーを加速させ相手を翻弄する。
スピードを操るファンタジスタが新たなダブルスを見せてくれるだろう。
CAREER
- 2023年
- ベトナムオープン 混合ダブルス 優勝
カオシュンマスターズ 混合ダブルス 優勝
インドネシアインターナショナルチャレンジ 混合ダブルス 優勝
全日本インカレ ダブルス 準優勝
- 2024年
- サイパンインターナショナルチャレンジ 混合ダブルス優勝
全日本インカレ ダブルス 3位
全日本インカレ 混合ダブルス 優勝
全日本総合選手権大会 ダブルス 3位
全日本総合選手権大会 混合ダブルス 準優勝
PROFILE
1986年4月5日滋賀県大津市に生まれる。
2016年に日本代表引退。2017年に現役生活を終え、現在は、ナショナルコーチとして後進の指導にあたる。
現役当時は、日本のみならず世界のトッププレーヤーとして活躍。特筆すべきは、2013年、2014年、2016年とバドミントンプレーヤーがもっとも勝ちたい「全英オープン」で3度にわたり準優勝を果たし、世界のトップランカーの一員に。優勝にはあと一歩届いていないが、世界ランキングの最高位は2位。今もなお、世界のダブルスプレーヤーなら誰もが憧れる存在である。
また、日本バドミントン界における歴史的快挙である男女アベック優勝した2014年の「トマス・ユーバー杯」では、日本チームのキャプテンとして、チームの輪を強固に、プレーでは鋭い読みと一度捕まえたら逃がさない前衛での特出したプレーが大きく優勝に貢献した。2016年リオデジャネイロオリンピックでは、死の組ともいわれた予選リーグで中国とインドネシアのエースダブルスを見事撃破、5位入賞という輝かしい成績を残した。
冒頭にも述べたようにナショナルコーチをしながらも、ミズノアンバサダーとして日本全国を周り、バドミントンの楽しさ、魅力を伝える活動にも積極的に参加。バドミントンの未来を創る「現役の」プレーヤーである。
2016年に日本代表引退。2017年に現役生活を終え、現在は、ナショナルコーチとして後進の指導にあたる。
現役当時は、日本のみならず世界のトッププレーヤーとして活躍。特筆すべきは、2013年、2014年、2016年とバドミントンプレーヤーがもっとも勝ちたい「全英オープン」で3度にわたり準優勝を果たし、世界のトップランカーの一員に。優勝にはあと一歩届いていないが、世界ランキングの最高位は2位。今もなお、世界のダブルスプレーヤーなら誰もが憧れる存在である。
また、日本バドミントン界における歴史的快挙である男女アベック優勝した2014年の「トマス・ユーバー杯」では、日本チームのキャプテンとして、チームの輪を強固に、プレーでは鋭い読みと一度捕まえたら逃がさない前衛での特出したプレーが大きく優勝に貢献した。2016年リオデジャネイロオリンピックでは、死の組ともいわれた予選リーグで中国とインドネシアのエースダブルスを見事撃破、5位入賞という輝かしい成績を残した。
冒頭にも述べたようにナショナルコーチをしながらも、ミズノアンバサダーとして日本全国を周り、バドミントンの楽しさ、魅力を伝える活動にも積極的に参加。バドミントンの未来を創る「現役の」プレーヤーである。
CAREER
- 2012年
- アジア選手権大会 男子ダブルス 準優勝
中国マスターズ 男子ダブルス 準優勝
全日本総合選手権 男子ダブルス 優勝
スーパーシリーズファイナル 男子ダブルス 準優勝
- 2013年
- 全英オープン 男子ダブルス 準優勝
中国マスターズ 男子ダブルス 準優勝
全日本総合選手権 男子ダブルス 優勝(2連覇)
- 2014年
- 全英オープン 男子ダブルス 準優勝
フランスオープン 男子ダブルス 準優勝
全日本総合選手権 男子ダブルス 優勝(3連覇)
- 2015年
- 世界選手権 男子ダブルス 第3位
- 2016年
- 3月 全英オープン 男子ダブルス 準優勝
8月 リオデジャネイロオリンピック 男子ダブルス 5位入賞